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イタリアから
嬉しいニュースが聞こえてきた。

おめでとう、森本

相変わらずイヤなガキスゴイ人だと思うのだけれど、森本の良さは、技術やフィジカルの問題というよりも、持って生まれた図太さや、年に似合わぬほどにストイックに努力できるところであったりすると思うので。
周囲の現実的な視点として「彼はまだまだ高いレベルの選手ではない」という評価を、恐らく最も強烈に意識しているのは森本自身だろうと。
だからここはあくまでも通過点だということも、彼は十分に承知しているのだろうし。

同時に、一緒にプレーしたユース出身者たちもそうだけど、彼と同年代にあるヴェルディの若手やルーキーたちが、このニュースを聞いて奮起して欲しいとも、思う。若手は、今年のトップの補強を見て、「自分たちの出番はない。まだトップで通用しない」という考え、現状認識があるかも知れない。でも、そういう気持ちが、あきらめや言いわけであってはならない。彼らは年若くてもプロであることを、森本のプレーによって思い起こして欲しい。努力するための励みにして欲しい、と思う。

数少ないチャンスが来たときのために、牙を研いで待て。
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by eixeix | 2007-01-29 17:03 | サッカーとか。
武器は、そろった。
というのが、今現在の心象。
とはいえ、武器をそろえただけで戦争に勝てるなら、アメリカがイラクでいまだにドンパチやってるはずもないわけで、要はそれを使ってどう戦うか、てのが本筋なのだし。
ディエゴ選手加入のお知らせ

ともあれ。
ファン感からまっすぐ事務所に向かって仕事の合間にこうしてるわけですが、それでも今いる選手をどう組み合わせたら面白いか、というのは、やはりどうしても頭の片隅には出てきますよね。うん。
ただ。ワクワク感みたいのは、まだそれほど。
キャンプ終わって仕上がり具合がどうか、というあたりとの兼ね合いでしょうが。
サッカーの楽しさは、組み合わせの上に現れるものなわけで、まだ組み合わさったそれそのものを見てない以上、その良し悪しは言いづらい。
脳内フォーメーションを書き連ねる誘惑にはかられるけど、まあそれも2月終盤になってからの話になるかな、と。

そういえば、DJ西尾さんに、本当に久しぶりにお会いして、少しだけお話をしました。嬉しかったです。
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by eixeix | 2007-01-28 19:49 | サッカーとか。
日程発表
今年の日程など


そっすか。
あ、シーズンチケット買わなきゃ。
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by eixeix | 2007-01-26 01:15 | サッカーとか。
高校選手権
今大会は、仕事が重なったりして、結局生観戦できず、ちょっと残念。
決勝もテレビ録画したものを見たりしました。

決勝の組み合わせは、東北の名門・岩手の盛岡商業v.s.岡山のこちらも常連高・作陽。
結果は2-1で盛岡商が勝利。
東北を代表する名監督、「不屈の勇将」斎藤重信監督が、ついに全国の頂点に立つ。

盛岡商は、センターラインの堅固さもさることながら、その非常に攻撃的かつ執拗な前線からのプレッシング、素早いパス交換と力強いサイドアタック、そして何より、素晴らしい敢闘心で勝利を引き寄せた。確かに体格的には小柄な選手が多かったものの、9番成田のように、体幹が強く当たり負けしない選手が多かった。雪国の悪条件の中、厳しいフィジカルトレーニングをこなしてきた事を伺わせる。また技術的に傑出しているとは言えないが、それでも決して引き下がることなく、狭いエリアでも正確で素早いパス交換を見せたのは、これもやはり室内トレーニングの成果だろうか。いずれにせよ、印象に深いのはその粘り強さであって、後半早々に先制され、同点のチャンスだったPKを11番林が外したものの、そこから下を向くことなく圧力をかけ続け、ついには林が同点ゴールをねじ込むと、試合の終盤にはまたもカウンターからのサイドアタックで勝利をものにした。確かに勢いはあったにせよ、最後まで運動量が落ちることはなく、その運動量を支えた自信、チームとしての連携の確かさを感じさせる見事な勝利だった。

一方の作陽は、野村監督が目指すパススタイルを実践しながらも、柔軟性を持った戦い方で勝ち抜いてきた。ビルドアップの質、技術の確かさとアイデアでは、確実に盛岡商を凌駕していたと思う。盛岡商の厳しいプレッシングに苦しみながらも、敢えてパスによって局面を切り開こうとしたのも、自分たちのスタイルに対する自信だったと言えよう。怪我を押して後半から9番村井を投入し、その村井の見事な個人技が先制点を導いたまでは良かったが、しかしそこから、やや長いボールが増えてしまったことが残念で、あの局面でもう少し圧力をかけて、コンパクトさを失わず、しっかりと中盤を作りながら、村井に預けたところからサポートを近くに素早くつけていくよう徹底していれば、もっと早い時間帯に勝負を決めることも出来たかも知れない。
村井のコンディションが、あるいはもう少し良ければ、という思いもある。彼のように上背がありながら、柔らかいプレーができ、技術的に「遊び」がある選手は、時としてこうした早い流れのゲームに上手く乗れないこともある。ゆえにJリーグ的には、あまり好まれないタイプの選手かも知れない。本人も卒業後は大学に進学するという。ただ、彼のプレーが、技術的に目立つ選手の少なかったこのゲームに彩りを添えたことも確かだ。

今年の選手権は、予選から波乱含みだった。総体優勝の広島観音の他、鹿児島実、東福岡、帝京、市立船橋といった名門校・強豪校が敗退し、また本大会に入ってからも、国見の初戦敗退を筆頭に、前年優勝の野洲、全日本ユース優勝の滝川二、あるいは四中工、中京大中京、富山一、前橋育英などの常連校が序盤で姿を消した。
一方で、ベスト4すべてが国立初登場となるなど、新しい風を感じた大会でもある。
鹿児島代表・神村学園は、女子ユースでは日本屈指の強豪校だが、男子は選手権初出場。しかし若手の竹本監督が率いるチームは、攻撃的で魅力的なスタイルを見せた。また千葉代表の古豪・八千代の健闘も非常に印象深かった。

思うに、選手権もまた過渡期にあるのかとも思う。
クラブユースに選手が集まっていくという一側面もあるが、一方で地方のチームが、地域一丸となってチームを盛り上げ、作り上げていくことも、日本サッカーの底辺拡充という意味ではいまだ重要な意味を持つ。何より、あの舞台で、あのピッチで戦うことの喜びが、色褪せてきているとも思わない。トーナメント形式の大会では、勝利を目指す意識に偏重するあまり、リスクを負わない戦い方を選ぶこともままある。だが、今大会を見ても、そうした意識を残しつつ、独自のスタイル、より創造性のあるスタイルを各指導者が模索しているようにも思う。
その繰り返しこそが、歴史の積み重ねであり、今日また選手権が果たす意味付けになっていくのではないか。
そんな風に感じた大会だった。
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by eixeix | 2007-01-10 03:38 | サッカーとか。
あけまして
おめでとうございます。

と、やはり言っておくべきなんでしょうと。

年末は、友人と麻雀などして過ごしましたが、激しく負け倒したので、これ以上のコメントは差し控えさせていただきます。
年始はぼちぼちと、テレビ見たり、プログラム書いたりして過ごしています。

天皇杯の決勝は現地観戦しました。隣に座ってたレッズサポの姉ちゃんがガラの悪い人で、その口汚さに些か閉口した以外は、特にどうと言うこともありません。ガンバはあれだけ攻めて点を取れなきゃ、そりゃ負けるわ、という感じで、せめて西野朗は、勇気を持って中盤の構成を変える程度のギャンブルに挑んで欲しかったな、と思います。ピッチレベルではどうか分かりませんが、上から見ている限り、中盤の機動力が落ち始めた時間帯に、ガンバがレッズのボールの出しどころに徐々にプレスをかけられなくなってきてる時点で、どうにかすべきだったのではないかと。具体的に言えば、家長か二川、どちらかをあきらめるべきだったのではないのかと、そんな感じがしてなりません。レッズは・・・、あー、粘り強さ以外に見るべきものがありませんでした。しかし、そういう粘り強さを「常に」発揮することは並大抵のことではなく、チームの統一感や規律が、個人レベルにまできちんと浸透していることの証明でもあります。個人が高い意識を持って戦い、その中でブッフバルトが、適切な対応を取った結果が、このタイトルだと思うのです。そして粘り強く戦えば運が転がってきたりするのだ、ということを、現在、高校選手権を戦っている高校生諸君ならびにプロにもなってそんなことも分かっていないどこぞの選手どもには、ぜひ見習って頂きたいものだとも思うのです。

ヴェルディの契約更新、補強の話なども、そろそろ出揃ってきた感じです。
個人的に方針として「まず主力の残留。特にゼ・ルイスの確保が絶対条件。それから守備力のある左サイドバックの補強。あとは左利きのMFと、経験のあるCBを最低でも1人ずつ」ぐらいが戦力整備の目安かなぁ、などと思っていたら、本当にその通りに補強してやがってびっくりしました。
自分でも時々嫌だな、と思うのですが、要するに自分のサッカーに対する考え方・理想のサッカー像みたいなものが、恐らくもうずいぶん昔に設定されていて、それはまず間違いなく、非常に色濃くラモスの考え方に影響を受けている、ということを意識することがあります。そこにもちろん、後から他の指導者の考え方(なかんずく李国秀)の影響も受けているわけですけど、結局のところ、原点設定はそれだと。
そこを認めた上で、まあ、あーすりゃ良いのにこーすりゃ良いのにというのはもちろんあるのですが、最終的に「こうしたいんだろうな、選手にこうして欲しいんだろうな」というのは、何となく理解できてしまう。そういう微妙なシンパシーが、自分と今のヴェルディをつないでる何がしかなのであろうな、などと思うわけで。そうでなきゃ、何であんなツマランものを見なきゃならんのだと、思ってしまうのも当然なのですが。
ヴェルディのサッカーに対して、基本的にそれが「好きか、嫌いか」というのは、あんまりないんですよね。「良いか、悪いか」はある。だけど自分の中で他チームのサッカーには「面白いか、つまらんか」という基準しかない。要は他人事なので、相対的な評価の基準にはならないんですよ。
自分とクラブをつないでるものが何か、というのを無理に考える必要もないし、言語化する必要もないけれども、「なぜか」という問いに対して「嫌いになれないから」というのは、実はステキな答えだなと思ったりします。
世の中には、どれだけ言葉を重ねても理解し合えない人というのが確実に存在してるわけです。相手が単にホンモノの阿呆であったり、自分の思い込みが世界のすべてだと信じている人だったり、自分は世界一賢いから人の意見に耳を傾ける必要がないと思ってる人だったり、最初から人の話など聞く気のない人であったり、あるいはそのすべてであったり。
「話し合えば必ず分かり合える」という考えは、時には非常に傲慢な態度になり得るのだと思うべきです。言い換えれば「自分の押し付けを相手が妥協して受け入れてくれる」という甘えた考えや、「相手の方が自分より劣っているから、説得すればきっと従うに違いない」という見下した態度と容易につながったりするからなんですね。無論、それが必要な局面もあるし、そのときはそのときで、徹底的にやらにゃならんこともある。
だけれども、分かり合えないことを前提に、互いの距離を受容する姿勢も、時には必要なのだと思うのですね。「好きにはなれないけど、嫌いにならない程度に接しておこう」という感じといいますか。そうでないと、軋轢を増やして精神的によろしくないだけでなく、必要でない諍いを増やすだけであると、今の世界情勢なども鑑みつつ、ぼんやり考えてみたりもするのですが、要はクラブや監督の考えと理解し合えないのなら、それを受容できる距離を自分なりに探す、というのも、それはそれでサポーターの立ち位置としては、あって然るべきなのじゃないかなと。嫌いになれないなら、自分なりの面白さを探す、それで良いのじゃないのか、それはそれで、サポーターの醍醐味ではないのかと。
だからラモスのアレな感じを眺めていても、それなりに楽しみを見つけたり、「やっぱりそーだよな」と感じてしまうのも、自分としてはアリだと、そういう余裕を持って、今年のサッカーは見て行きたいなと、そんな風に思ってる次第です。はい。
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by eixeix | 2007-01-04 01:43 | サッカーとか。