その後の話。
セレッソ戦から帰ってきてからこっち、祝勝会だの、ランドでのセレモニーだの、お友達の誕生日だの、合間に体調崩してみたりだの、仕事に追われてみたりだのしましたが、時が経つ勢いにすっかり負けてしまいそうな今日この頃です。何だよ岡田ジャパンていつの間に(ぇ

しかし。
セレッソ戦を祝勝会の会場で見直してみると、あらためて良いゲームやってたんだなと。私の頭がアルコールに浸かってたから楽しかったわけでもないのねと。そういう気分。まあ後半に運動量が落ちる要因がどの辺にあるのかは、また来シーズンの課題として残るわけでしょうけど、そこはそれ、こういうサッカーも出来るのね、という感じで。
これは、「おそらく」というレベルの話なんですが、やっぱり精神的に余裕があるというファクターに加え、名波のさばきがボランチのところで効くと、チームとしての推進力はコントロールできるというか、「やりやすいリズム」に乗っていけるのかな、と。飯尾が早々に引っ込んだ事で、残念ながらリズムが途切れたのみならず、シウバがひとりでとっ散らかってしまったゆえに、何かもう全体にガタついたのがつくづく勿体無かったですが。いやそれにしても、飯尾の動きは「キレが良い」とかいうレベルを超えて、凄みすらあったな。何かあったのかという。まあ対面が柳沢というのは、負の感情を持ちづらくてやりやすいという心理的な面が大きいように思うけども。あとは永井社長の、あいかわらずなカウンター嗅覚は堪能できましたが。結果はともかく。
まあ総括としての詳細は後に持ち越すとして、それでもここしばらくで積み上げたもんには、良きにつけ悪しきにつけ。それなりの統一感があるという事実を再確認するような作業でしたね。セレッソ戦は。

で、まあ、翌日のランドにて、柱谷新監督の就任やら、ラモスED(この略称はあれかExDとかとすべきかネタ回避的な意味で)就任やらとか、チーム名から1969が取れますとか、その辺が発表されたりしてました。あとブラジル人どもな、日本酒は空中散布するな。匂いが凄いから。基本的に樽酒は安いから。客にかかると、後がきついから。
ぶっちゃけて言うと、これらに特に感想はございません。
強いて言うなら、ラモスを現場から引き上げて神輿に担ぎ上げると、色々と多方面で使い勝手が良さそうだ、というのは経営者的判断からいたしますと大変に分かりやすく、また1ラモスファンの立場から申し上げると、心理的に楽になるのでありがたいと思うのですけれど、色々と大変なんだろな実際、てのが偽らざる感想でした。哲さん、頑張ってください。
あ、1969ね。えっとね、これも別に・・・ねぇ?とか言うと怒られそうですけど。
どっちにしても呼称としては省略される事のほうが多いし、テレビ番組のテロップ作る人とかにも迷惑かけてそうだし、名古屋グランパスエイトの「エイト」とか、京都パープルサンガの「パープル」とか、世の中にはそういう趨勢のものってのもあるし。名前がコロコロ変わるのはやや微妙な気持ちになるのも事実ですが、どうせ1年も経ちゃ慣れますよ、ぐらいの感覚です。「サポーターに一言あっても良いじゃねえか」というのは心理的には理解できますけど、「そんな事やってる時間がねえんだろな周辺的に」という経営面での判断もまた、瞬時に理解できちゃうところが、このクラブの分かりやすいところでもあります。これが「分かりにくい」と思う奴は、まだヴェルディのフロントに対する理解が足りないといわざるを得ません。
これに便乗?して1969シート値上げされるとか困るとかも、実はそんなに思いません。まあ、ありそうな話なんですけど、もともと年間チケットなんざ、毎年価格を見ずにバックスタンド席を買ってるのも事実なんで。個人的には別に。まあ、営業ツールとしては売りやすい商品だと思うし、ちょっと勿体無い気がするんですけどね。その程度です。客単価と総額だけに価値を置くなら、戦略としてあり、とも言えます。リピーター率を上げる事が大事なら、ゴール裏への集客力をどう高めるか、てのも考えるポイントになりえますし。考えないのは困りものですが。
そんなんで良いのかと仰る熱い向きもあるやも知れないので、申し添えておきますと、と言ってもまあ、何度も申し上げるようでアレなんですが、私はクラブに対しては、もう「お前らがやりたいようにやれ」とか、そういうとても鷹揚な態度で接する事に決めておりますので。どーせなるようにしかならんと。俺はもう、出てきてもんだけ楽しむように決めたと。で、あるからして、逆説的ですが、サポーターとして「良きクラブとは」という事柄を積極的に発信したい人は、止めませんからガンガンやれと。僕の分まで頑張ってくださいと、そういう風に決め込んでバックれたいと思います。

J1の優勝争いは。まあ、あれだ、ね。そういうこともあるよね。時々、という感じで。はい。よそ様の事ですから。
一応、来年の個人的目標は次の3つです。
・J1残留。
・日産を〆る(俺の上野良治を放出するとは許し難い。言語道断である)。
・鹿狩りをする。
これだけ叶えば満足。

入れ替え戦も見ました。
本当に、心から、あそこで戦わずに済んで良かったと思っております。
京都おめでとう。広島頑張れ。

浦和レッズさんがACミランさんと対戦するそうです。
今を遡る事、十ウン年前、あれはコカコーラカップだったかエプソンカップだったか、メンバーがざっくりと落ちたACミランさんが来日しまして、観光の合間に試合をして頂いた挙句、サビチェビッチ一人にフルボッコにされた緑のチームがございましたね、ええ。
別に応援してないので頑張らなくて良いです。はい。

補強の方は、まだこれからの話なので何とも。きちんと出揃ったらまたいずれ。
放出選手は今のところ7人確定ですか。これももう少しかな。
名波は、本当にありがとうございました。おつかれさん。また頑張りましょうお互いにと。
トライアウト組は、厳しいだろうけど、そこからもう一度、上を向いてやって欲しいと。
岡山への移籍が決まった三原と重光は、とにかくそこに足をつけて、踏ん張って、勝ち抜いてほしいと思います。幸いにして支援体制も、サポーターもしっかりしてるクラブですから、大きい夢を描ける場所だと思いますので。
ああ、でもこの2名の移籍について「若手を捨てるのか」と条件反射するような人は、一度、頭を冷やせと言いたいですね。彼らは、自分がJ1やJ2で通用すると思えば、トライアウトにだって参加できるんだよ?でも敢えて、今の時点でJFLへの完全移籍を受けた、その理由を少しで良いから考えて発言すべきじゃないのかね?彼らは他チームから「請われ」、彼らがそのチームに行くのが、サッカー人としての「選択だ」という一面を、なぜ見ようとしないのかね?という素朴な疑問。

たぶん毎年、同じ事を言うんだけれども。
すべての選手を引退まで雇っておく事は出来ないし、すべての若手を主力に育てる事も不可能だし、ましてすべて若手で構成されるチームも存在できないわけですよ。若手残してベテラン切ってりゃそれが良いチーム循環といえるのか?ってのもあるし。程度問題だと思うんですけどもね。チームが強くなればなるほど、実は代替わりは難しくなる。結果を重視したチーム編成は硬直を生みやすいし、チームとしての錬度を上げる過程に若手を組み込むというは、やはり長期的なスパンが必要で、リスクを伴うのも確かだし。どこかでリスクをヘッジしようと思えば、他のところ、例えば外国人選手のポジションを決め打ちして高コストをかけるとか、そういう感じになるのかも知れません。やりようはクラブによって違うでしょうが。
でまあ、そういう過程を踏む前提で捉えると「若手を育てる」という言葉は、同時に「切り捨てる選別作業」という冷酷さを含むのだ、という事実を、そろそろ直視しなさいと。また来年も新人が入ってくる、その次も、その次も。5人入ったら、5年後に生き残るのは1人か2人。それがプロの世界だろうと。
そういう過程を経て生き残ってるベテランは、つまりそれだけの理由がある。それは彼らが自分で培った「価値」なんですよと。
それは「若い」ってだけでは代替の利かないものなんだよ。若い奴はそれ以上のポテンシャルを示さなきゃ生き残っていけないよ。毎日のトレーニングでも、たったひとつの練習試合でも、それを示さなきゃいけないんだよ。ベテランはそうやって生き残ってきたんだよ。お前らはどうなんだ?と、若手に強く示すのも、サポーターの態度なんじゃないのかと思うんですね。同時に彼らの良い時、良いプレーを記憶しておいて上げる事が大事なんだと思いますよ。その、ただ一度の良いプレーを記憶し、また出せるように応援していく事も必要なんじゃないのかなと。
でもそれとは別に、ちゃんと思いを巡らせて欲しいわけです。若い選手が育つというのは、イコール、誰かのポジションを奪うという事です。そうした決断を下した監督の判断が正しいかどうかは分からない。3年後に間違いだったと気付く羽目になるかもしれない。だとしても、ポジションを奪われた選手は、自分の嫁さんや子供を食わすために、年末には次の就職先を探してるかも知れない。二度とサッカーでは飯を食えないかもしれない。そういう場所なんですよ、彼が立っているプロのピッチという場所は。
そこに想像力の働かない奴、そこから眼を背けてる奴が、自分勝手な未来像を押し付けて「若手を育てろ」とか安易にキレイ事を抜かすなと。厳しい言い方になってしまうけれども、僕は偏狭な若手重視には、常にそういう違和感を感じてしまうのです。
プロになった選手全員が、幸福に引退できるわけじゃない。その努力は惜しまないにしても、結果はそうならない。だからこそ、今この一瞬、今そのワンプレーの素晴らしさを記憶に留めなければ。その上で、未来の可能性に期待し続けなければ。若い選手がチームを離れる苦さを、忘れないようにしなければいけないし、同時に、選手に対する公平な判断基準、価値の基準を持つようにしなければいけない。サポーターはその繰り返しを受容し、自分の歴史にしなければいけないと思うのですよ。それはいつか、サポーターのプレーに対する、あるいは選手に対する評価の基準になっていく。そこを通して、クラブもまた、サポーターが求める選手の基準を作っていく、そういう循環が出来るぐらいになって欲しいと思うわけです。時間はかかるでしょうが、それは不可能じゃないと信じたいですから。
今年の土屋のように、あるいは菅原のように、またはJrユースから巣立ち、また戻ってきた佐藤悠介のように、いつかまた、ランドのフィールドに戻ってくる事もあるわけです。それは、確かにクラブにとっての財産だと思いますし。
せめてクラブを去った選手たちが良い人生を送れるように、そして新しく来る選手たちにとってここが良いクラブであるようにと、祈る程度の事しかできないんですが。
でまあ、とにかく頑張れと。そう言いたいわけです。はい。

なげえので、機会があれば総括とかも。またいづれ。
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by eixeix | 2007-12-12 02:25 | サッカーとか。
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