この2ヶ月ほど
本当に色々な状況に揉まれつつ、じっくり考えるような時間も少なくて。

ようやく何か書いてみようという気になったので、少し記す事にしようと。
6月は僕の誕生月で、小惑星探査機はやぶさが地球に帰還した日、アラフォーへの階段をまた一歩上っていたりしました。
それから10日と少し後、僕の父が亡くなりました。
1年前に末期の小細胞肺ガンと診断され、一時は小康状態にもなりましたが、5月に入ってから急激に容態が悪化し、闘病の末、家族に看取られながらの最期でした。
折りしもW杯が始まり、父も病床で付き添いの家族と共に、少し試合を見たりしました。そして日本がデンマークを破った日の翌朝に、この世を去りました。
思えば親孝行をした記憶など欠片もなく、ただひたすらに脛を齧っていた記憶だけで、本当に申し訳ないと思うばかりで。父と病室で2人きりで過ごす時間を幾許かでも持てた事が、少なくとも僕には、まだ救いであったと、そうも思っており。
故人は「葬儀などするな」という意向であったようでしたけれど、周囲からの強い勧めもあって結局は葬儀を執り行い、本当にたくさんの方に参列して頂いて、改めて人徳なのだなと思いもし、一方で日々の仕事をする父の姿を亡くなってから多くの方から伺うというのもまた、こういう場があったからこそなのだなとも考え。
ただその後の各種累々たる相続やら名義変更やら要件の停止やらといった書類の山はいまだにすべて片付いてはおらず、「四十九日までにはどうにかしてやる」と気力を振り絞ってみたりしております。

W杯はそういう合間に見たためか、それなりにその時々に印象的で美しくて残酷なものでしたけれども、あまりに忙しい時間が過ぎて、寝たら忘れる事の方が多い始末というか。
それでも日本代表の「奮闘」は、深く刻まれる記憶として残っていくだろうと思わせるに足るものだったと。
語りたい事は多くあれど、僕個人の中にあって、それらはほぼ断片的で、総括するには少し心許ない感じがします。結局、「結構、楽しかったな」という、そんなまとめ方になってしまう。
親しい人が亡くなった悲しみとか喪失感とか、そうしたものを「埋め合わせる」のではなく、ただサッカーを楽しく見る事が「並立する」というのは、当たり前の事なんですが、不思議な感覚とも思えました。

そんな合間には参院選もありましたね。
想像通りというか、予告した通りというか、菅首相は自らの「口周りの軽さ」がアダになって、優位だった選挙戦を敗北へ導いてしまいました。
ねじれ国会などという言葉はともかくとして、政策決定のプロセスに多くの問題を露呈した民主党政権下においては、ここからどのように、政策議論と政策決定がなされているのか注目しています。が、どうにもこう、閣僚や議論の意思決定の段階や公表の仕方がおかしいというか、トチ狂ってるとしか思えないやり方が目に付き、イチイチ論っていてはキリがないので言いませんけど、もうダメなんじゃね?みたいな空気を感じます。まあ、ダメなりにダラダラやる、っていうのもひとつの方法論ですけど。

Jも再開しました。
西が丘には行きました。
ちょっと残念な引き分けでしたけど、それでもスタジアムの空気というか、音とか、振動とか、そういうもので五感と心を満たすのは、とても気持ちがいいと、改めて思いました。
クラブの経営問題については今なお厳しい状態にあって、楽観はもちろん出来ないわけですけれど、ただ可能性を目指して、みな出来る事からやっていくのだと、そこは変わらないんだろうと。

まあ、それでも日々、日常は続いていくわけです。
形を変えても、色や匂いが変わっても、どうにか続けていくわけです。
当たり前なんですけどね。
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by eixeix | 2010-07-28 23:42 | サッカーとか。
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