仕事が納まってない
いや、納まってないから。

椅子男杯はいつもの面子でいつもの場所らしいですが、しばらく打ってないと牌が手に馴染むまでに1時間ぐらい必要だったりしませんか?

ラウンドテーブルは行きました。まあ、色々とあるんすけども、「もう少し遠いところを見ながら、そこに向かってじっくりと進む」という作業は必要であるなと。そーいう気風がテレビ局という業界には無さそうなんだけれども。目先の事実の方が重要である人たちにとって、「将来のビジョン」を求めるのは難しいのかも知らんなぁ・・・、と、そんな気持ちになったりしました。

CWCのガンバvsパチューカ見てて、なんてーか、色々とおもろいなと。
「好きなサッカー」とか「サッカーのあるべき姿」とか、そういう話をしたいわけではないのですけども、割とアトさんと似たような感想を持ってて、パスサッカーへの憧憬、というか、ある意味でサッカー選手の本能というか快感原則に従ったというか、そういう幸福感というか、そこに正直であることは、そんなに悪いことではないのかも知らんなぁ、と。
ヴェルディが、どんだけメンバー代わろうが何しようが、時折「ヴェルディらしい」何かを見せるのは、つまりこのクラブがその正直さを否定しない何かがある、ということなのかもと。
だからある意味で進歩しないし、ダラダラやっててそのまんまだったりとか、めんどくさい部分もあるし、「選手の選択基準が微妙なので有名な代表とかひとまず取ってみる」だったり、「スタッフの良し悪しが良く分からないからとりあえず出身者を据えてみる」だったり、「ブラジルのそこそこ有名な監督とっときゃ何かやるであろう」だったり、色んな要素の詰め込みの結果にも見えるわけですが。
「ヴェルディらしさ」を口で説明する難しさはあるけれども、目で見る分には存在してるし、その色が強かったり弱かったりすることはあっても、何となく消えたりはしない。
そういう「何となく消えない」部分を、過剰に扱う必要はないんだけども、恥ずかしくない程度には撫でたり愛でたりしても良いよと。そのほうが気持ちに対して正直でしょ、と。で、もしかメンバーがうっかり揃っちゃったり、なんかの間違いで良い監督を引き当てたときには、もうそこは煎じて煮詰めて佃煮になるぐらいじっくり火にかけてみて欲しいなぁ、と。
ま、遠い将来の夢ということで。
ガンバは楽しそうだなぁ。パチューカも楽しそうだなぁ。と。
そーいう感じが時々あるだけでも、何か良いなと。そんな風に見ていました。はい。
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by eixeix | 2008-12-27 01:37 | サッカーとか。
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